2009年 02月 27日
冬の飛騨の里 12 |
過去に何度か飛騨の里を載せていますが、このエリアは広くて全部を紹介出来ず、その中に今回の旧田中家もあります。
この建物は合掌造りでは無いのですが、板葺きの小さな家は昔の飛騨の家を代表する造りとも言えるでしょう。
「母さんの歌」に出て来る一節「♪おとうは土間で藁打ち仕事・・・」の土間が再現されていて、その情景が思い浮かばれます。
もちろん昔のままですがここまで来ると懐かしさ以上のものを感じますね。

↑ 旧田中家の前にある井戸です。

↑ 土間の囲炉裏は何と無く粗末に見えますが、ここでの家族の団欒が思い浮かばれます。

↑ これは床板で製材ではなく「ちょうな」などで削った板はでこぼこがありますが、それがまた良い雰囲気です。

↑ 寒そうな部屋ですが、漬物や味噌でも置いていたのでしょうか・・・

↑ 玄関から見た外の風景、刳小屋が見えます。

↑ こちらが夜なべ作業用の土間です。

↑ 田中家を出たところ、向こうは西岡家です。
この建物は合掌造りでは無いのですが、板葺きの小さな家は昔の飛騨の家を代表する造りとも言えるでしょう。
「母さんの歌」に出て来る一節「♪おとうは土間で藁打ち仕事・・・」の土間が再現されていて、その情景が思い浮かばれます。
もちろん昔のままですがここまで来ると懐かしさ以上のものを感じますね。

↑ 旧田中家の前にある井戸です。

↑ 土間の囲炉裏は何と無く粗末に見えますが、ここでの家族の団欒が思い浮かばれます。

↑ これは床板で製材ではなく「ちょうな」などで削った板はでこぼこがありますが、それがまた良い雰囲気です。

↑ 寒そうな部屋ですが、漬物や味噌でも置いていたのでしょうか・・・

↑ 玄関から見た外の風景、刳小屋が見えます。

↑ こちらが夜なべ作業用の土間です。

↑ 田中家を出たところ、向こうは西岡家です。
どこまでも手作りの雰囲気が温かさを感じさせるのでしょうね。
サッシで密閉するのでなく、窓にも、床にもところどころ隙間空間があって、それがあそびで窮屈感をなくしているのでしょう。
ゆっくり、穏やかに流れた過去の時間を思わせますね。
サッシで密閉するのでなく、窓にも、床にもところどころ隙間空間があって、それがあそびで窮屈感をなくしているのでしょう。
ゆっくり、穏やかに流れた過去の時間を思わせますね。
先日、飯塚の炭鉱王の御三家の2つを見せてもらいましたが
あの時代、庶民から見たらやはり御殿でしょう。
だから物語も生まれるのでしようね。
今日の旧田中家は懐かしさを覚える家屋ですね。
質素な障子、板の戸棚、板戸、
こちらは暑い夏は畳はあげて床の上にござを敷いてねていましたよ。
あの時代、庶民から見たらやはり御殿でしょう。
だから物語も生まれるのでしようね。
今日の旧田中家は懐かしさを覚える家屋ですね。
質素な障子、板の戸棚、板戸、
こちらは暑い夏は畳はあげて床の上にござを敷いてねていましたよ。
母さんが夜なべして手袋編んでくれた土間は、こんな感じだったのですか。普通目にする囲炉裏端かと思っていました。ちょうなで削った床も
味があっていいですね。
味があっていいですね。
今でも家の天井板の中には「ちょうな削り」の真っ黒な梁がありますよ
私が子供の頃は板が張ってなかったので毎日見ていましたけど・・・
とても懐かしいです。
土間にではないですが囲炉裏もありました。
座敷にはこたつが・・・
この様に予備知識があって見ることができたら飛騨の里に行ったときに
もう少し丁寧に見てきたのに(-.-)
私が子供の頃は板が張ってなかったので毎日見ていましたけど・・・
とても懐かしいです。
土間にではないですが囲炉裏もありました。
座敷にはこたつが・・・
この様に予備知識があって見ることができたら飛騨の里に行ったときに
もう少し丁寧に見てきたのに(-.-)
こんにちは。 ゆーしょーです。
今はよほど田舎へ行かない限り土間のある家はなくなりました。
田舎に住んでいた頃、入り口(玄関)から出口(裏の勝手口)まで通しの土間になっており
その土間にむしろを敷いてわらを打ち、藁ぞうりを作ったり、12月28日、もしくは30日に
(29日は苦搗くので)餅つきをしたりしました。
土間は土足のまま通り抜けられるので便利ですね。
今はよほど田舎へ行かない限り土間のある家はなくなりました。
田舎に住んでいた頃、入り口(玄関)から出口(裏の勝手口)まで通しの土間になっており
その土間にむしろを敷いてわらを打ち、藁ぞうりを作ったり、12月28日、もしくは30日に
(29日は苦搗くので)餅つきをしたりしました。
土間は土足のまま通り抜けられるので便利ですね。
yassy127さん、こんばんは。
このような家に住んでると人間も優しくなれるのでしょうね。
今のように自分の殻に閉じ篭っているような人が多いのは、
きっとコンクリートのせいかも知れませんね。
少し隙間があったりして外の空間を感じるような家が良いのでしょう。
ただ、冬の飛騨にはちょっと寒いですが・・・
このような家に住んでると人間も優しくなれるのでしょうね。
今のように自分の殻に閉じ篭っているような人が多いのは、
きっとコンクリートのせいかも知れませんね。
少し隙間があったりして外の空間を感じるような家が良いのでしょう。
ただ、冬の飛騨にはちょっと寒いですが・・・
suzu1944さん、こんばんは。
今も貧富の差はあるようですが、昔は今以上だったのですね。
お大尽の家は各地にありますが、飛騨にも豪農や豪商の家が残されています。
私は直ぐに固定資産税を気にしてしまいますが・・・(笑)
でも一般的な土間の家の方がかえって温か味があるような気がします。
夏には土間のゴザの上・・・涼しいでしょうね。
今も貧富の差はあるようですが、昔は今以上だったのですね。
お大尽の家は各地にありますが、飛騨にも豪農や豪商の家が残されています。
私は直ぐに固定資産税を気にしてしまいますが・・・(笑)
でも一般的な土間の家の方がかえって温か味があるような気がします。
夏には土間のゴザの上・・・涼しいでしょうね。
西恋おじんさん、こんばんは。
囲炉裏も土間にあると少し雰囲気が違います。
畳はおろか、板敷きも出来なかったのですね。
昔は何処の家もこんな部屋で夜が更けるまで手仕事に追われていたのでしょう。
囲炉裏も土間にあると少し雰囲気が違います。
畳はおろか、板敷きも出来なかったのですね。
昔は何処の家もこんな部屋で夜が更けるまで手仕事に追われていたのでしょう。
kusakari-101さん、こんばんは
今ではちょうなで削った板なんて、かえって珍しく値打ちがあるものと思います。
少し煤けた感じが余計に時代感覚を感じさせますが、
kusakariさんのお宅もそんなのでしょうか?
飛騨の里にはこのような時代を感じさせる施設がたくさんあります。
今度は是非時間をかけて見てみて下さい。
今ではちょうなで削った板なんて、かえって珍しく値打ちがあるものと思います。
少し煤けた感じが余計に時代感覚を感じさせますが、
kusakariさんのお宅もそんなのでしょうか?
飛騨の里にはこのような時代を感じさせる施設がたくさんあります。
今度は是非時間をかけて見てみて下さい。
ゆーしょーさん、こんばんは。
間口が狭く奥行きの長い家はほとんどが土間で裏まで行けましたね。
長屋のような小さな家は別として、高山でも古い町並みなんかそのような仕様です。
間口の幅で税金が決まっていた時代だったからでしょう。
特にそのような家は板敷きの廊下なんて贅沢な造りには出来なかったことと思います。
私の父の実家でも遅くまで土間で餅搗きをしていましたよ。
間口が狭く奥行きの長い家はほとんどが土間で裏まで行けましたね。
長屋のような小さな家は別として、高山でも古い町並みなんかそのような仕様です。
間口の幅で税金が決まっていた時代だったからでしょう。
特にそのような家は板敷きの廊下なんて贅沢な造りには出来なかったことと思います。
私の父の実家でも遅くまで土間で餅搗きをしていましたよ。
こんばんわ。
土間と言う言葉改めてよく判りました、こんな雰囲気なんですよね。
冬の宵、爺ちゃんや婆ちゃんが囲炉裏の火を囲んで、
土間で、稲藁の手仕事をしている姿が目に浮かぶようです。
経験の全く無い世界なんですが、そんなイメージが湧いてくるのが
日本人のDNAなんでしょうね。
土間と言う言葉改めてよく判りました、こんな雰囲気なんですよね。
冬の宵、爺ちゃんや婆ちゃんが囲炉裏の火を囲んで、
土間で、稲藁の手仕事をしている姿が目に浮かぶようです。
経験の全く無い世界なんですが、そんなイメージが湧いてくるのが
日本人のDNAなんでしょうね。
happykotaさん、おはようございます。
土間での生活は夏は涼しくて良いと思いますが、きっと冬は寒かったことでしょう。
特に飛騨のような所は夜は冷え込んでしまいますから、手仕事も厳しかったでしょうね。
しかし今の石油ストーブなどとは違って裸火の土間の焚き火は本当に暖を取るという意味のような気がします。
こうした体験の無いことがDNAで受け継がれると言うことも面白いですね。
土間での生活は夏は涼しくて良いと思いますが、きっと冬は寒かったことでしょう。
特に飛騨のような所は夜は冷え込んでしまいますから、手仕事も厳しかったでしょうね。
しかし今の石油ストーブなどとは違って裸火の土間の焚き火は本当に暖を取るという意味のような気がします。
こうした体験の無いことがDNAで受け継がれると言うことも面白いですね。
私の父方の祖父母が住んでいた家は、暖地だったので囲炉裏はありませんでしたが、作業用の広い土間はありました。
土間では鶏のえさを刻んだり、うなぎを七輪で焼いたり、暮には餅つきをしたりしていたようです。
土間では鶏のえさを刻んだり、うなぎを七輪で焼いたり、暮には餅つきをしたりしていたようです。
kurashiki-keikoさん、こんばんは。
昔の田舎の生活では土間は欠かせないものだったのですね。
特に餅つきなどは情景が思い浮かびます。
今の生活では餅は買って来るものか、餅つき機で搗くもの・・・
何か味気ないですね。
昔の田舎の生活では土間は欠かせないものだったのですね。
特に餅つきなどは情景が思い浮かびます。
今の生活では餅は買って来るものか、餅つき機で搗くもの・・・
何か味気ないですね。

