有り難迷惑

先日飛騨高山の地方新聞に以下のような記事が載っていた。
市内のTさんがこの12月の大雪のさなかに1匹の蝶を見つけたらしい。その蝶はキチョウという名で年中見られるのであるが、冬には蝶など見られないはず、これは可哀想と暖房のある部屋に移して手厚く介護しているとか・・・。
ここまで聞くといわゆる美談のようだが、当の蝶にとってはこれがまた有り難迷惑というか、これによって命を断たれる運命になろうことなど当の本人は分かっていない。知識というのが大切なことを思い知らされた1件だ。
というのもこのキチョウという蝶は成虫、つまりはちょうちょの姿で越冬することで知られている。
多くの昆虫は日本で冬を越すには大変であるが、種によって一番過ごしやすいステージで越冬することを学習しており、ある種は卵で、またある種は蛹でという具合に自分に合った方法を選んでいるのである。
成虫で越冬するには当然、越冬できる方法があるはずで、蝶(ちょうちょ)の場合は体液が凍らない方法をとっていると言われている。
不凍液というのをご存知だろうか?、自動車の冷却水に使われているものであるが、いわゆる砂糖水である。
水が凍るには一定の条件があり、糖度や不純物含有度が高いものはなかなか凍らないのである。
蝶の体液も越冬個体は糖度を増すことによって寒さをしのいでいるのである。
過保護はすべてのものをダメにするのであり、助けてもらった?キチョウも暖房のため春と勘違いして動き、余分なエネルギーを消耗し、春まで持たない命になるであろう。
何も蝶を助けようとした人を貶そうとしているのではないが、最近の教育の一環があまりにも人間本位となっていないだろうか?。
戦後の子供たちは夏休みに「昆虫採集」という宿題を「文部省」から頂いた。そのお蔭で小さな虫たちの命の尊さ、命のしくみを学習することが出来たのだ。
環境破壊につながり命あるものを殺すことへの危惧から「昆虫採集」は学習内容から外された。
その結果、最近では昔は信じられないような事件が頻発している。手加減を知らない子供たち、いや、人たちが増えて来ている。
その証拠にこの記事を載せた新聞社にも知識があり、適切な指導を有する記者がいなかったらしく、このことをやはり「美談」としてしか扱えなかったようである。
人間自身の生命が危なくなる前に、もう一度自然の仕組みを理解し、また理解させたいものだと思う。
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by yoas23 | 2005-12-16 21:49 | 想うこと
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