飛騨の昔遊び 箱ぞり

スキーなどの高価なものはなかなか買ってもらえなかった当時の冬の遊びといえば、ソリ遊びが主だった。
それも今のようにカッコ良いプラスチック製のソリがあるはずもなく、これもまた手作りであった。
材料はみかん箱やリンゴ箱(昔は段ボールではなく木製であった)の木っ端で作り、橇足になる部分には各自趣向を凝らした。
何もしないものやブリキを切って貼ったもの。でもそれらのものでは遠くまで滑ることも難しくて、私は鋼鉄製の板を購入し貼り付けて使ったが、これは東小学校の近くにあった「ホウトク」という金物屋で自分が要る分だけ切ってもらい買い求めた。
ソリには取っ手を付け、座る部分は布に藁を包んで座布団状にし、橇足は二本足では速さに遅れをとるため一本足にし、ちょうど図のようなもであった。
箱ぞりにはそれぞれ気に入った名前を書いたが、「目の色号」と書いていた友達がいて、その後は何時もその意味が気になった。
当時の高山はは交通量も少なく、信号機も無い時代、城山の二の丸付近(今の旅館白雲)の辺りからノンストップで海老坂を経由し三町の交差点や味噌買橋(今の筏橋)辺りまで滑った。
舵は自分の足で左右に蹴ることで自在に操ることが出来た。
あの当時の我々が今いたなら間違い無く現代の子供たちのヒーローとなっていたように思う。
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by yoas23 | 2006-01-24 06:32 | 飛騨の昔遊び
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