飛騨の昔遊び 駄菓子屋 ①

戦後間もない頃に生まれた子供たちは、貧しいながらもそれなりに恵まれた生活が出来ていたような気がする。
甘いものが少なかった戦中に比べ昭和30年ともなると、駄菓子屋にはたくさんの菓子が並んだ。
金平糖やマコロン、飴玉、「デベソ」といって硬い餡を砂糖で包んだもの、六方焼き、などなど・・・。
当時子供は小遣いがもらえる子とそうでない子がいたが、もらえるのはたいがい1日5円であった。
穴の開いた5円玉が新しく出回った頃であり、それを握り締めて店内(といっても畳、8畳ほどの広さだが)を物色したものだった。
飴玉は1個1円から2円、そのほかの物であっても5円あればそこそこ「おやつ」になった時代である。
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by yoas23 | 2006-02-13 06:46 | 飛騨の昔遊び
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