大前牛肉店

飛騨牛が今ほど有名になろうとは昔は想像さえ付かなかった。松坂牛や神戸牛と並んで有名ブランドの仲間入りが出来たのは、県の畜産試験場の情熱と初代の飛騨牛の「安福号」の誕生のお蔭であろう。
それまでも飛騨牛は決して不味いものではなかったが、生産されても地元で消費されるだけで、全国的なランクが付かなかったのだろう。
今はどこのスーパーでも肉は扱っているが、そういった店のない時代は肉は肉屋で買うのが当たり前であった。
市内には数件の肉屋があり、「天狗」「ト一」「「新ト一」それに「大前」などで、現在でもどの肉屋も健在であるが、当時大前精肉店は特に人気を集めていた。
ガラス張りの内側では、店の人が牛肉を切っているのが見られるようになっており、通りを行き交う人々は、大きな肉の塊からスジを引いて細かく切る作業に見とれていたものだった。
誰言うでもなく、「大前の肉は柔らかい」という評判が立ったが、それはこのスジ引きが上手だったということだったのだろう、店はよく賑わっていた。
私の家はあまり裕福ではなかったが、一ヶ月に一度くらいはすき焼きの日があり、そんな時には子供の自分も買い物にかり出された。
売られている肉のランクは上から「上肉」「中肉」「細切れ」それに「スジ肉」などがあり、「中肉を**グラム」といって買ったもので、包みは「きょうぎ」と新聞であり、薄板に滲んだ血の色が妙にすき焼きをなまめかしいものと感じさせた。
今でも大前は昔と同じ国分寺通りと本町通の交差点にあり、ガラス張りの実演も見られるが、名前が大前牛肉店に変わっている。
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by yoas23 | 2006-02-25 19:00 | 飛騨高山 四季の旅
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