飛騨の昔遊び 市内周りの定期バス

小学生時代の小遣いは1日5円だったと以前に書いたが、その5円で買うものは何時も駄菓子やおもちゃとは限らなかった。時には友達数人と放課後に連れ立ってバスに乗ったりなどもした。
市内を循環するバス路線が何系統かあり、南の山王橋、北の三枝橋、それに西側の山田トンネル周りなどであったが、運賃は子供5円だったので、一日菓子を買うのを止めればバスの旅が出来た訳である。
昔の子供の行動範囲はいたって狭く、自分の縄張りを出ることは隣の縄張りの住人との諍い(いさかい)の危険性もあり?、通常は川を挟んだ向かいの町内すら出かけることも少なかったほどである。
高山駅までは歩いて15分ほど、駅前のバスターミナルから発車するバスはどの方向でも良く、時間も気にせず乗り込む。
我々は何時も最後部の座席を占領し、遠ざかる風景ばかり眺めていた。そんなことが記憶にあるのは、当時は勿論舗装道路ではなく砂利道で、ほこりを立てて走る車窓の様子を覚えているからだ。
山王橋の欄干は木製で三角であったことから、誰言うでもなく「三角橋」とよび、山田トンネルは現在では無いが、高山短大へ抜ける峠にあった。
当時の子供にとって循環バスに乗る意味は、現在では海外旅行にでも行ったようなものであったし、それほどに高山の町を広く感じたものだった。
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by yoas23 | 2006-02-28 03:55 | 飛騨の昔遊び
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