飛騨の昔遊び 駄菓子屋 ④

都会ではなく山国で少年時代を送った我々は、少年雑誌やラジオ番組によって都会の情報を得ていたが、そのいくつかのネタは実際の生活にそぐわないものであり、例えば「おやつ」もその一つであった。
飛騨では当時「おやつ」なるものを口に出来る上流家庭の子供はほんの少数で、ほとんどは1日5円の買い食いであった。
どちらが良いと聞かれれば、今でも現金の方を選んでしまうのは昔とちっとも変わっていない。
思い起こせば駄菓子屋には色々な商品が並んでいたものだ。
現在でも再現したレトロな駄菓子屋に並ぶ物は当然で、細長いビニールの袋に詰められた粉状の菓子「マンボー」、干した漉し餡を硬く固めた砂糖の衣で包んだ「デベソ」・・・(これは正式な名前ではなかったが皆そう呼んでいた)。
また今では考えられないものに、するめの飴煮(表現が良いかどうか分からないが、硬いするめに砂糖としょうゆで甘辛の飴で絡めたもの)があり、頼めば新聞紙で包んでくれた。
また寒い季節には店先に大きな釜を持ち出し、中の鉄板の上でスライスしたさつま芋を焼いて売っていた。
振り掛けられた粗塩の味が芋の甘さを引き立てていたようで、これも新聞紙で作った袋に入れてくれた。
確か一枚幾らではなく量り売りだったような記憶があるが、当時は尺貫法からメートル法に移行の頃、匁からgに変わって、重さなどわからない子供が多かったので、「5円分くれ」などと注文していた。
駄菓子屋の話は尽きないが、今でもそんな懐かしい店があったら・・・と思う。
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by yoas23 | 2006-05-18 08:56 | 飛騨の昔遊び
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