飛騨の昔遊び 遠足

小学校での遠足は春と秋の二度あり、春は歩いて、秋にはバスを使うことが多く、徒歩の場合は低学年ではせいぜい片道10k程度の近間であり、行き先は公園や名所旧跡が多かった。
先ずは高山市内の城山公園、隣町の千光寺、安国寺、高学年になって少し遠くの四十八滝や美女峠などであり、先生に描いてもらったわら半紙の地図をボール紙に貼り付け首から下げて行進した。
服装は今のようなカラフルなシャツなどあろうものか、大体は学生服のままであり、暑くなれば脱いでカッターシャツ姿が普通であった。
途中では歩きながら「おおブレネリ」や「おお牧場は緑」などの唱歌を合唱しながら歩いたものだ。また中には常に列を乱す者や、棒切れを振り回す子供がおり、そのたびに先生の大きな声が飛んだ。
お弁当はおにぎりが定番。ゆで卵は当時は高級なもので、こんな時にしか食べられなかったので宝物のようで楽しみでもあった。
またおやつとして持って行くのが許されたものは金額で××円まで、ドロップやカルミン、他に夏みかんもあったが、これが何時もおやつの金額に入るかどうかもめたものである。
「みかんはおやつではない!デザートだ!」と言って聞かない子供がいたが、果たして日常にデザートなるものを食していたのだろうか?当時は食べることすら必死な時代である。
5年生の遠足は富山市の呉羽山だったが、それは翌年の修学旅行の予行演習とも言えるもので、ほとんど未知の世界への旅立ちでもあり、その後の行動範囲が広がって行くきっかけとなった。
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by yoas23 | 2006-05-29 04:01 | 飛騨の昔遊び
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