野麦峠

山本茂実の小説が映画化されて有名になった「野麦峠」である。
昔、養蚕事業が盛んな頃、飛騨から信州の岡谷へ糸紡女工として、多くの娘達がこの峠を越えた。
大した産業も無く土地も寒冷で、貧しい生活から口減らしのための出稼ぎである。
しかし若い娘達の冬の峠越えは大変で、谷底に落ちるものや疲れて歩けなくなる者もいて、大変だったようである。
また中には重労働から身体を壊し病に伏せる者もあり、それが悲話となったようだ。
峠の辻には昔から茶店があり、疲れ切った旅人には有り難い存在で、その名もお助け小屋と言う。
飛騨と信州の間には飛騨山脈(北アルプス)が聳えており、行く手を阻まれるのだが、野麦峠の地形は比較的なだらかなため、古くから使われていた道(江戸街道)である。
高山を経由することからその名の付いた富山湾のブリ「飛騨鰤」も、ここを通って信州へと運ばれたのである。
広場には「あゝ野麦峠」の主人公になった政井みねの像もある。
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↑お助け小屋   ↓政井みねの像

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高山市高根町
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by yoas23 | 2006-07-24 06:02 | 飛騨の国紹介
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