飛騨の昔遊び 町内会のこども相撲

夏休みには町内会としてラジオ体操と共に子供相撲の行事があった。
もちろん女の子は参加することもなく観客に回る訳ではあるが、現代であれば男女不平等と訴えられるところだ。
この時期公民館の空き地には俄かに簡易土俵が作られ、夕方になると係りの人や先輩達が、小太鼓を叩きながら「ちょうないかいの・おおずもう・こずもう・・・」と口ずさんで町内を練り歩く。いよいよ相撲大会開始の合図だ。
夕食ももどかしく裸になって母にさらしを巻いてもらう、さらしの無い子は浴衣の帯を使っていたりして、それでも誰笑うことなど無かった時代だ。
土俵に砂では痛かろうと、おが屑を蒔いてもらいいざ土俵へ。塩も貴重だったので蒔くのは一回だけ。
力いっぱいぶつかってもなかなか勝負が付かないこともあり水入りの大相撲に・・・。力の似通った子が多かったのだろう。
戦後間もないベビー・ブームの頃だから、近所にはいくらでも同級生がいた時代で、夜遅くまで裸電球の下、相撲大会は続いた。
雨の日を除いて毎日15日間の取り組みの結果、成績によって千秋楽には商品が手渡されたが、それはノートであり、鉛筆であることが多かった。
しかし賞品を貰うより毎日の取り組みの方が楽しみだったように思う。
[PR]
by yoas23 | 2006-08-11 06:00 | 飛騨の昔遊び
<< サルナシ ミヤマカラスアゲハ >>