カテゴリ:飛騨の昔遊び( 77 )

飛騨の昔遊び 試験管のアイスキャンディー

小学校の理科の実験が始まりで、当時ちょっとしたブームとなった試験管でのアイスキャンディー作りのことをこの時期になると思い出します。
雪や氷に塩を加えることで温度を下げて、試験管内のジュースを凍らせるというものでどなたも経験があるのではないでしょうか?。
ただ試験管を使ったのは学校でのことで、家では試験管の代わりにコップなどを使いましたが、
体積に比べ表面積が狭いため上手く凍るのにたくさんの塩と時間を費やしました。
それでも塩が温度を下げる不思議に驚いたものでした。
もっとも氷を砕いたり、雪にジュースを振りかけてもかき氷のようになり同じような結果が得られるのでしたが・・・。
使ったジュースは粉末を水で溶かしたもので、オレンジやメロンなどで袋売りのものでしたが現在では見られませんね。
「春日井」とか「ワタナベ」といった菓子メーカーのものだったように覚えています。
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by yoas23 | 2009-02-21 06:05 | 飛騨の昔遊び

独楽回し

昔の正月の子供の遊びに独楽回しというのがありますが、飛騨ではあまり冬に遊ぶものでは無く雪の無い季節の遊びでした。
ベーゴマは昭和30年代の定番でしたが、高山では売っている店が無く、代わりに遊んだのは写真のような独楽でした。
真鍮ゴマといって、金ぴかの真鍮製のものもあって、競って曲回しを楽しんだものです。
右手でまわして放り投げて左手の掌で受けることや、紐での綱渡りなど・・・出来たら中間達の間でヒーローになること請け合いでした。
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by yoas23 | 2008-01-13 19:48 | 飛騨の昔遊び

福引せんべい

子供の頃(昭和30年始め)元旦に貰ったお年玉を握り締めて、2日になると駄菓子屋へ走ったものです。
普段は5円の小遣いを貰っていましたが、100円札の重みは当時の子供としては大金持ちになったような気分でした。
買うものはすごろくや福笑いの他、決まって福引せんべいにも手を伸ばしました。
当時は何処にでもあったと思いますが、三角のカステラ焼きの硬せんべいの中に福引が入っているという代物です。
福引は松飾に付ける飾り物や、サイコロ、干支のおもちゃ、ミニチュアの千両箱などでしたが、
私の当時のお気に入りは金色に輝く大黒恵比寿でした。
先日、店で売っているのを見かけ、1個買いました。
中には憧れの的だった金ピカの大黒様が入っていましたので、これで今年の金運はバッチリかな?
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by yoas23 | 2008-01-04 22:50 | 飛騨の昔遊び

クリスマス・イブの思い出

今夜はイブですね。
昔ほど馬鹿騒ぎをしなくなったのは、それだけ日本人が賢くなったのか、それとも単に不景気なのか分かりませんが、昔は賑やかでしたね。
商店街からはクリスマスソングが大ボリュームで流れ、年末大売出しのくじ引き抽選会も賑わっていたものです。
私たち子供は近くの山からモミの木を切って来て、布団用の綿をくっ付けたりして飾りを作り、ケーキを食べるのが習わしで、
クリスマス=ケーキ以外の何物もありませんでした。
プレゼント?こんな山奥にはサンタクロースも来てくれませんでした。
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by yoas23 | 2007-12-24 23:29 | 飛騨の昔遊び

糸電話

ボール紙を筒にして片方を硫酸紙で蓋をしたものを2個作り、太鼓状になった真ん中を糸で繋げるお馴染みの糸電話だが、今でも作る子供はいるのだろうか?
糸といってもそれほど長い距離では用を足さなくなり、かと言って顔の見える距離での電話は意味を持たないが、束の間の遊びには時々思い付いてやったりもした。
話しが高じて来ると夢中になり糸を引っ張りすぎて紙が破れて終了・・・それでもあの硫酸紙を震わす相手の声に耳がこそばゆかったことを不思議に思ったものだ。
若し若い頃隣の家に彼女がいたら、ひょっとしたら・・・・これは使える道具だったかも知れない。
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by yoas23 | 2007-04-09 23:30 | 飛騨の昔遊び

ロバのパン

昭和30年代の記憶から今回はロバのパンを紹介したいと思います。
固定の店舗での販売ではなく、いわば街頭巡回販売とも言うのでしょうか、荷車を改造してロバに曳かせることから「ロバのパン」として一時代、誰でも知っていたものでした。
屋根に付けられたスピーカーから流れるメロディーに誘われ、子供たちは遊びの手を止め集まったものですが、簡単にはパンは買ってはもらえなかったのです。
それほど高いものではなかったと思いますが、当時はそれでダダをこねる子などいなかったように思います。
荷車は凡そこんな感じだったと思います。またスピーカーから流れていたのは「こんな曲だったかな?」と耳コピーで作り「四季彩日記Ⅱ」の方にアップしておきましたので、時間があればお聞き下さい。

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by yoas23 | 2007-03-01 00:02 | 飛騨の昔遊び

雪の芸術コンクール

札幌の雪まつりのような大作ではないが、高山でも昔は各町内で競って雪像造りをしたものであった。
屋根から下ろされた雪は空き地に集められ、町内の人総出で一日かけて造った。
バケツに雪を入れて水を加えて固めるのがコツで、こうしておけば氷のようになり、より堅牢となるのである。
作品には七福神や国会議事堂のような建物などが選ばれたようであるが、昨今に思い付くようなキャラクターは存在しなかった。
もう既にアトムや鉄人28号はデビューしていた頃だったが・・・。
出来上がった雪像は市の選考により、「金賞」「銀賞」「銅賞」「天位」「地位」「人位」などと各賞が与えられたが、商品は現金であり、金一封の封筒が雪像に飾られていた。
何時頃からか、そういった行事も無くなり寂しい感じがする。
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by yoas23 | 2007-01-23 06:33 | 飛騨の昔遊び

たにし獲り

昔は、稲が刈り取られて田んぼの中を自由に歩き回れる頃になると田螺獲りが始まった。
今でこそ農薬の影響から少なくなってしまったが、昔は何処の田んぼにもたくさん居たものだ。
田螺獲りは田んぼに少し水気のあるうちが良く、乾いてしまうと土中に潜ってしまうので、タイミングを見計らって近くの田んぼに入った。
くねくねと歩いた跡を辿ると簡単に見つけることが出来る。
冒頭に書いたようにたくさん居たから、持参したバケツはたちまち一杯になった。
夢中になって集めた結果、重いバケツで家への途中何度も休むことになる。いわゆる「欲と二人連れ」というやつだ。
持ち帰った田螺、このままでは泥臭くて食べることが出来ず、暫くは水を替えて泥を吐かせる。
数日の後ようやく泥が治まった頃、茹で上げて酢味噌で頂く。ネギを加えヌタにするのも美味しかった。
それは秋のイナゴと同時に貧しい暮らしのご馳走であった。
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by yoas23 | 2006-11-25 01:51 | 飛騨の昔遊び

地巣狩り

昔の遊びで「地巣狩り」というのがあった。
秋になって頬を撫でる風が冷たく感じられる頃になると誰が言うでもなく「じすがりに行こうぜ~」と。
5~6人集まると勇んで近所の山裾へと向かった。
地巣狩りとはクロスズメバチの巣を採ることを言い、東濃や信州ではヘボ採りの名で親しまれている。
用意するものはマッチと使えなくなった歯ブラシ、それに真綿とカエルのモモ肉。
陽だまりの中カエルの肉に集まったクロスズメバチに、肉片を付けた目印の真綿を持たせ後を追う。
見失っても何度か続けるうちに巣の在りかが発見できる。
さてそれから巣の採集に掛かるのだが、たいがいこのあたりで一人くらいは蜂に刺されるものである。
蜂は黒い部分を攻撃してくるので坊主頭は格好の標的となり、頭上を幾匹かの集団が旋回しており、「いてて!」の声が響く。
それでもそんな時は大勢だと心強いもので、そ知らぬ顔をして巣へと挑む。
セルロイド製の歯ブラシの柄を燃やすと黒い煙が勢い良く出る。それを巣穴へと突っ込んで暫く待つと蜂がおとなしくなるので、そうなればこっちのもの、何段にも重なった蜂の巣の収穫となる。
子供がそれをどう料理したかは覚えていないが、ただ採集することへの興味だったような気がする。
蜂に刺されるとアンモニアを塗るのが良いとされ、刺された者は小便を頭に塗って帰り道へと着いたものであった。
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by yoas23 | 2006-11-17 23:27 | 飛騨の昔遊び

飛騨の昔遊び 禿た山の赤土

10月9、10日は秋の高山祭りである。
間近になると夜は鉦や太鼓や笛の練習の音が聞こえて来て、徐々に雰囲気を高めてくれる。
高山祭りは屋台の引き回しで有名であるが、巡幸行列もまた見ものである。
神様をお旅所へお連れする行列は裃姿の警護を始め、獅子やおかめ、火吹男、鬼、などの他、鉦や鶏芸、稚児などの総勢数百名の行列である。
祭り提灯の下がる沿道をゆっくりとした動きで移動するのだが、ルートに漏れると玄関先で獅子も舞ってくれないため、隣家より自分の玄関まで神様を自宅に案内するという意味で目印の道を書くのである。
その塩の道も舗装道路で無かった頃は赤土を蒔いたものだった。
赤土を採って来るのは子供の仕事で、近くの「禿た山」(表土が削られて土が露出していたことから子供たちはこう呼んでいた)に出かけた。
土を入れて持ち帰る麻袋を持参で行ったが、そこは子供のこと何時の間にか麻袋は格好の橇と変身し、滑り降りる道具となる。
何度も夢中で滑るものだからとうとう穴が開いてしまった。
土も採らないで帰るとどうなるか、後は書かなくても想像だけで充分だろう。
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by yoas23 | 2006-10-06 08:36 | 飛騨の昔遊び